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タイカレー缶をお湯少なめで作ったカップヌードルに入れるとタイカレーヌードルになって美味いというのは俺だけの秘密
「優しさ、人の痛みを知ること、いたわれる人間であること。これらは人間の本能ではないから、訓練して身につけなければならない」
(司馬遼太郎)
松岡宏行さんはTwitterを使っています (via muhuhu)
何かすごい決定的なことをやらなきゃ、なんて思わないで、そんなに力まずに、チッポケなことでもいいから、心の動く方向にまっすぐに行くのだ。失敗してもいいから。
何を試みても、現実ではおそらく、うまくいかないことのほうが多いだろう。でも、失敗したらなお面白いと、逆に思って、平気でやってみればいい。とにかく無条件に生きるということを前提として、生きてみることをすすめる。
無条件に生きれば、何かが見つかる。だが、必ず見つけようとガンバル必要もない。
見つかってもいいし、見つからなくてもいい、と思えば目の前に何かが浮き上がってくるに違いない。
(略)
軽く素直に動けばよいということだ。
岡本太郎『自分の中に毒を持て』青春出版社,2002.1,P.36-37
はじめに踏み出す第一歩からゴールに辿り着こうとしてはいけない。
いいこというな。
(via uessai-text) 2009-05-29 (via gkojay) 2010-03-30 (via yasaiitame)
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正直に言うべきなんだよ。興奮したって。震えたって。インターネットで誰かに認められて、心臓がどくんどくん言ったって。人間の脳味噌なんて1万年前から変わらない。だから10人から認められればびっくりするんだよ。嬉しいんだよ。感動するんだよ。興奮するんだよ。現実ではそんな事はない。滅多とない。カルタゴを滅ぼすべきである、って言っても誰も耳を貸さない。精々野良犬に吠えられるくらいだ。それがインターネットでは違う。5人10人簡単に集まる。だからこそ人はインターネットを見誤る。勘違いする。思い上がる。間違った興奮を覚え、身に余る欲望を抱き、的外れな期待を託し、肥大化した夢をインターネットに託してはその後に、黒歴史として隠蔽しようとする。
「そんなんじゃなかった」
と語ろうとするんだ。皆そうなんだ。あれは暇だっただけ、あれは身内に向けて書いていただけ、あれは就活の為だっただけ、あれはアラビア語が嬉しかっただけ・・・。そうじゃないだろ。そんなんじゃないだろ。インターネットはいつだってそうだった。人の感覚を撹乱し、現実を誤認させ、おかしな興奮に巻き込んだんだ。それがインターネットだったし、それがインターネットなんだ。インターネットで得た興奮と感動を、インターネットで抱いた野心を、インターネットで見た夢を、インターネットで愛した人を、インターネットで残した軌跡を、僕らは決して捨て去るべきではないし、微塵も恥じるべきではない。僕らは全力でインターネットしたし、全てをなげうってインターネットしたじゃないか。
